『ベンチャービジネスと特許戦略』
著者:富田 徹男、豊田 正雄
序
一昨年の一一月のこと、私たちはある画期的な発明をした工場主を夜にお訪ねした。
この画期的な発明は全く新しい原理的解析に基づくものであって、その発明が公表された後、多くの大企業がそれを自社製品に組み込もうとして実用化の研究を開始した。かなり問題点はあったようだが、その製品化に成功し、その内の一社は早速自社製品の新技術という形で宣伝した。そして国際的にも有名であった。
この事例のように、新しい技術が現れると直ちに製品化の研究が起きるということは、素晴らしいことである。しかし私たちが気にしたのは、このような大企業による製品開発に当たって、それでは本来の発明者はどの程度利益を得たであろうかということであった。今まで大企業が中小企業や個人発明家の技術開発を盗むとか真似るといった新聞記事が多かったので、ここでも同じ状態が発生しているのではないかと推定したのである。
面会予約の段階で、特許契約は内容が複雑且つ当事者間だけの秘密なので、あまりお役には立たないが、というお話であったが、実際に工場にお伺いし工場を見ただけで、契約がどのような状態であるかは一目瞭然であった。
私たちは約束通り、技術的なご苦労とか、その技術がどのように使われているかなど、当たり障りのない話をしていた。その中で突然クロスライセンスの問題が飛び出してきた。その言葉を聞いた途端、私たちは事情を全て理解できた。
そのお話によると、自分の特許は充分価値のあるものである。しかし大企業が開発を始めると、どうでもいいような特許が実に沢山出願される。それで今度自分が製品を作ろうとすると、相手の特許権に引っかかってしまう。その結果お互いに特許をクロスライセンスすることになり、最初の発明者に特許料が入ってこないことになる、というのである。
このことは、大企業の技術開発が、製品開発を行うのは当然ながら、同時にクロスライセンスのための特許出願にも大量に向けられているということを示している。
よく新聞などで取り上げられる、大企業が中小や零細企業の発明を盗むという話は、発明者が技術内容を相手に教えてしまい、自分は特許出願をしなかったために起きている事例がほとんどである。しかし発明者が特許出願をそれなりに行っていても、事態はほとんど変わらない。
これが現実だとしたならば、かなり重大なことである。特許制度というのは、発明者を保護して一定の利益を与えるために、限定的に独占を認める制度である。もし発明者が充分に保護されないのであれば、特許制度自体、その社会的な存在意義を失う。しかし現在の日本の特許制度は、事実上発明者を保護していない。特に中小企業や零細企業の発明者を保護していない。しかも現在バブル崩壊後の産業空洞化の中で、中小や零細企業の技術開発を重視しなければならない時期に、それを不可能にする事実上の状態が起きていることはゆゆしいことである。
我々は、始めの内、このような観点からベンチャービジネス保護の必要性を痛感して、中小・零細企業の特許戦略を書こうと思っていた。しかし、分析と執筆を続けていく内に、現在のベンチャービジネスや知的所有権制度の分野で未解決の課題、例えば知的所有権の資産評価など、いくつかの問題を解決する必要に直面した。そしてそのために新たな枠組みを作る必要が生じたので、本書の内容はその題名を越えてかなり広くなっている。また特許のオンライン検索である「パトリス漢字」による統計的分析の手法も新しいものである。
ここのところ私たちは特許制度についてそれぞれ次の著書を発行した。
豊田正雄『ソフトウエアと特許権』 [ダイヤモンド社 一九九二・三]
富田徹男『市場競争からみた知的所有権』[ダイヤモンド社 一九九三・八]
これらの著書の作成に当たり、お互いにかなりの協力をしてきたが、今回はその後の分析に立って共同で執筆することにした。本書は二人で議論をしながら執筆しているが、とくに「パトリス漢字」からのオンライン検索に当たっては、二人のタグマッチで作業を進めた。尚執筆自体の分担としては、第4章「イエス特許訴訟事件」は豊田が執筆し、その章は富田が担当した。
先の二冊の発行でご尽力いただき、またこの著書の発行を提案されお骨折りいただいた、ダイヤモンド社の三枝篤文氏に心から感謝する。
一九九六年二月
富田徹男
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